斉彬が藩主になると、隆盛は、意見書をたびたび藩庁へ差し出すようになり、この意見書が斉彬の目にとまったといわれている。隆盛は抜擢されて江戸勤務となり、斉彬に見込まれて庭方役となる。この仕事は庭の掃除警備をするかたわら公の近くにいる秘書役でもあった。このころ、隆盛は、水戸の藤田東湖から尊王攘夷論も学んでいる。やがて隆盛は、斉彬の命令で、水戸藩・福井藩などの江戸屋敷や、幕府老中の阿部正弘などの要人の屋敷へ使いをして、政治向きの大事な要件を果たす役目をさせられた。これにより隆盛の目が大きく天下に向けられた。また、福井藩の橋本左内と交わり、視野を広めたのもこの頃であった。 |